KAIDAN
霧夜に漂う沈黙、忘れられた橋の向こうの秘密

📖 創作怪談:この物語はフィクションです。実在の人物・団体・場所・事件とは関係ありません。
その橋は、小さな村の境界にかかっていた。霧が濃く立ち込める夜は、川面もぼんやりと光りを失い、世界がまるで静止したかのようだった。橋の向こう側には、もう何年も人が住んでいない古い家々がぽつんと並んでいる。
都会から戻ってきた私は、昔通った川沿いの散歩道を歩いていた。雨上がりの空気はひんやりとしていて、濡れた草や土の香りが鼻をくすぐる。霧が深くて視界が狭まっていくなか、ふと橋のたもとで立ち止まった。昔からここには伝わる言い伝えがあった。〈霧の夜に橋を渡る者は、その先で消える〉というものだ。
子供のころはそんなものを信じもしなかったが、今は違う。大人になり、忘れたはずの湖の澱んだ空気を感じると、背筋がぞくりと震えた。好奇心に駆られて、私はゆっくりと橋を渡り始めた。濡れた木の板が軋む音が周囲の静寂を切り裂く。
橋を半ば過ぎたところで、足元に小さな紙切れがひらりと舞い落ちた。拾い上げてみると、それは薄汚れた日記の一ページだった。文字はかすれて読みにくいが、「戻れない」とだけ書かれていた。辺りには風もなく、どこからその紙が来たのか分からなかった。
橋を渡り切ると、廃屋の間に青白い灯りがふわりと浮かんでいた。驚いて足を止めると、灯りはふっと消え、再び霧と闇が支配する。気づけば背後から妙な気配が迫っていた。振り返ると、そこにあったはずの橋が忽然と消え、川だけが静かに流れていた。
私は叫ぼうとしたが、声は川音に飲み込まれ、誰にも届かなかった。その夜、私の姿は村の誰にも見つけられなかった。翌朝、村人が橋のたもとで見つけたのは、濡れた紙切れ一枚と、ほんのわずかに揺れる川面の静けさだけだった。
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