KAIDAN
夕暮れの川辺に漂う、消えた声の残響

📖 創作怪談:この物語はフィクションです。実在の人物・団体・場所・事件とは関係ありません。
夏も終わりに近づいたある夕暮れ、私は久しぶりに幼い頃遊んだ川辺へと足を運んだ。子供の頃、母に注意されながらも夢中で石を川に投げては跳ねる様子を眺めていた場所だ。静かな水面が夕陽に照らされて金色に輝いている。
その日、風は穏やかで、水鳥のさえずりがどこか遠くから聞こえた。ただ、いつもとは違う違和感があった。川の対岸に目を向けると、小さな茂みの中に誰かがいる気配を感じた。人の姿は見えないが、川風に乗ってかすかな囁き声が聞こえたような気がしたのだ。
何気なく歩みを進めるが、声は消えてしまい、ただ川面のさざ波音だけが周囲に響く。気のせいかと思いながらも、ふと川面に目を落とすと、小石の周りに小さな泡が幾つも浮かんでいた。まるで、誰かが呼吸をしているかのようなそれは、自然の現象とは思えなかった。
それから何度もその場所を訪れたが、夕暮れが近づくと必ず同じ囁きが聞こえた。声は明瞭ではなく、断片的な言葉がかすかに浮かぶだけだ。しかし確かなのは、その声がかつてあの川で何かを失った誰かの記憶だということ。
ある晩、私は夕陽の沈む直前、川辺で静かに目を閉じて声に耳を傾けてみた。途端に川風が弱まり、辺りは異様なまでの静寂に包まれた。すると、ぼんやりと浮かび上がる薄暗い影が川面に映り、まるで水中に漂う人影のように揺れた。
その時、囁きははっきりとした一言になった。「忘れないで」――消え入りそうな声が川の深みから響いた。
次の瞬間にはもう影も声も消え、再びただの川辺に戻った。ただ、私は確信した。そこに、誰かの消えた記憶が静かに息づいているのだと。
以来、あの川辺を訪れるたびに心の奥の何かが揺らぐ。町の雑踏から遠く離れ、夕暮れの静けさに溶け込む忘れられた声は、いつか誰かに静かに語りかけているのかもしれない。
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