KAIDAN
深い森の奥でこだまする、忘れられた子守歌の残像

📖 創作怪談:この物語はフィクションです。実在の人物・団体・場所・事件とは関係ありません。
年老いた神主の家の裏手に広がる森は、村人たちにとって忌み嫌われた場所だった。古くからの言い伝えによれば、その森の奥には、夜な夜な子守歌が響き渡るという。しかし誰もその正体を知る者はなく、ましてや近づこうとする者はなかった。
ある秋の夜、都会から来た青年・蓮は、その噂話に興味を持ち、懐中電灯だけを手に森へと足を踏み入れた。暗闇に包まれた森は思いのほか静かで、葉擦れの音以外は何も聞こえなかった。だが、深く進むにつれて、かすかに子守歌の旋律が浮かび上がってきた。
その歌声は不思議と心を落ち着かせ、蓮は知らず知らずのうちにその声のする方向へ足を運んでいく。しかし、やがて視界の先に古びた小さな祠が現れ、その前で子守歌は途切れた。祠には古い木箱が置かれており、その隙間からは朽ちた布切れと共に小さな人形の首が覗いていた。
不意に風が吹き抜け、子守歌の旋律が囁くように再び森を満たす。蓮が振り返ると、そこには微かに揺れる影が見えた。その影は人影にも、ただの木の影にも似ていなかった。まるで祠の人形が、もう一度歌い始めたかのように。
慌てて走り出すと、森の静寂が一変し、無数の囁き声に包まれた。後ろからはずっと子守歌が続き、振り返るたびにその影は遠ざかり、決して追いつくことはなかった。村に戻ると、蓮の表情はどこか遠くを見つめたまま沈黙していた。
翌朝、神主は蓮に静かに言った。「あの森の子守歌は、忘れられた魂たちの祈りだ。決してその声に導かれてはならぬと、古より伝わっている」彼の言葉を胸に、蓮は二度と森へは足を踏み入れなかったが、夜な夜な窓の外から遠く子守歌が聴こえる気がしてならなかった。
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